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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)3338号 判決

被告 三和銀行

理由

一  訴外株式会社は、昭和四八年二月二七日、被告に対し、金五〇〇万円を、利息年五分二厘五毛、期間一年(支払期日同四九年二月二七日)の約定で定期預金として預けたことは、当事者間に争いがない。

二  債権者・原告、債務者・訴外株式会社、第三債務者・被告、執行債権・原告の訴外会社に対する金一〇〇〇万円の貸金債権、被差押、転付債権・本件預金元本金五〇〇万円の債権とする債権差押、転付命令が、東京地方裁判所で発せられ、右命令は、昭和四八年四月二〇日、被告に送達されたことは、当事者間に争いがない。

そして、《証拠》によると、原告は、昭和四八年三月一日、訴外株式会社に対し、金一〇〇〇万円を弁済期同月末日の約定で貸与したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

三  そこで被告の抗弁について判断する。

小林日吉が訴外株式会社の代表取締役であること、同訴外人が本件預金証書を被告に交付したことは、当事者間に争いがない。

《証拠》を総合すると、次の事実が認められ、証人小林日吉の証言のうち、この認定に反する部分は措信できず、他にこの認定を覆えすに足りる証拠はない。

1  被告は、訴外有限会社との間で、昭和四七年五月ころから、資金の貸付、手形割引等の銀行取引をなしてきたが、右取引における与信額が次第に増加してきたのに、訴外有限会社の資産状態は良好とはいえなかつたので、被告の千住支店長久根口正己、担当職員丸山敏夫らは、訴外有限会社に対し、繰返し増担保の提供を求めた。

2  訴外有限会社は、同年一一月ごろ、既に担保に供すべき資産を有せず、やむなく、増資をして資金を得、これを被告に預金し、右預金につき被告のため質権を設定することを計画した。

3  ところが、訴外有限会社は、資産状態が悪化し、出資者の間で代表取締役である訴外大友修二の経営方法に対する批判の空気が高まり、右増資計画の実行は困難となり、他方、訴外有限会社の債権者らの中には、経理担当の取締役の小林日吉が代表取締役として経営する新会社を設立し、これに訴外有限会社の事業を引き継がせるならば、右新会社の設立に協力する旨申し出る者が少なくなかつた。

4  そこで、訴外有限会社は、右増資計画を断念し、これにかえて、小林を代表取締役とする新会社を設立して訴外有限会社の販売部門を担当させ、将来は、訴外有限会社を新会社に合併することを計画し、被告に対し、右増資による預金にかえて、新会社が、設立時の払込資金の中から金五〇〇万円を定期預金にすることを申し出たところ、被告もこれを了承した。

5  そこで、昭和四八年二月五日、訴外株式会社が設立され、小林と大友が代表取締役に就任したが、経営の実権は小林が掌握した。小林は、設立時の払込資金および第三者である原告らからの借受金を訴外有限会社に融資し、前記合併計画は進捗しなかつた。

6  久根口、丸山ら被告の担当者は、その後も、前記増担保に関する交渉に終始携つてきた小林に対し、訴外有限会社の増担保を提供するよう催促したところ、小林は、同月二七日、被告にある訴外有限会社名義の預金口座から金六〇〇万円を引き出し、同日、訴外株式会社の訴外有限会社に対する貸付金の弁済として、被告にある訴外株式会社名義の普通預金口座に入金し、さらに、同預金口座から金五〇〇万円の払戻を受けて、本件預金をなした。

7  被告の担当職員丸山敏夫は、同月二八日、被告千住支店長久根口正己の指示により、小林に対し、本件預金証書を交付するとともに、本件預金を訴外有限会社の被告に対する債務の担保として提供してほしい旨を申し入れたので、小林は、これを承諾し、直ちにその場で、本件預金証書の裏面の元利金受領証欄に、訴外株式会社を代表して署名捺印し、これを丸山敏夫に交付した。その際、担保設定契約書、担保品預り証等担保設定を証する書面は作成されず、被告の担保品記入帳への記載もなされなかつた。なお、同日現在の訴外有限会社の被告に対する借受金合計額は、金五二六〇万円であつた。

8  被告銀行においては、平素、定期預金について質権設定契約を締結する際、正式担保と称し、右契約書作成等の正式な手続をとる場合と、見返り担保(又は振替担保)と称し、右手続を省略し、預金証書の裏面の元利金受領証欄に署名捺印させたうえ、この交付を受ける場合とがあつたが、訴外株式会社との取引について被告の責任者であつた被告千住支店長の久根口正己は、被告株式会社が近い将来に被告有限会社を合併することを予期し、その際には当然従来の訴外有限会社に対する債権と本件定期預金債権を相殺しうることとなつてあえて質権実行の手続をとるにも及ばなくなると考えていたので、右契約書作成等の正規の手続をとらなかつた。

9  小林は、訴外株式会社を代表して、同年三月一日、原告から金一〇〇〇万円を借り受けた際、原告から本件預金につき質権設定契約を締結するよう請求されたが、被告に知られると困る旨述べて、これに応じなかつた。

以上認定の事実関係、ことに、本件預金に至るまでの経緯、本件預金証書交付の際の状況、その後訴外株式会社が原告から金員を借り受けた際の小林の言動等に徴すると、訴外株式会社代表取締役小林日吉は、昭和四八年二月二八日、被告代理人久根口正己、丸山敏夫らとの間で、訴外有限会社の被告に対する同日現在の貸金債務金五二六〇万円を担保するため、訴外株式会社が本件預金債権に質権を設定する旨の契約を締結したものと認めるのが、相当である。

四  そこで、原告の再抗弁について判断する。

(一)  商法二六五条所定の取引には、取締役と会社との間に直接成立すべき利益相反行為のみならず、第三者と会社との間の取引で、取締役個人の利益となり、会社に不利益を与える行為も包含されるものと解するのが相当である。

ところで、小林が個人として、昭和四七年五月一二日、被告に対し、訴外有限会社の被告に対する銀行取引により生じる債務につき、自己の所有する土地に、元本極度額金四〇〇〇万円の根抵当権を設定したことは当事者間に争いがない。そして、小林が個人として設定した根抵当権の被担保債務と同一の債務のため、訴外株式会社がさらに質権を設定することは、小林の利益となり、訴外株式会社に不利益を与えるものであることが明らかである。

被告は、訴外株式会社は訴外有限会社と営業上および財務上一体をなしている旨主張する。ところで小林は、訴外有限会社の被告に対する債務についての物上保証人であることは前記のとおりであるから、訴外株式会社が訴外有限会社と実質上同一の会社で、訴外株式会社の本件質権設定契約が法律上も訴外有限会社のなした行為と同視しうべきものとすれば、右契約は商法二六五条の取引に該当しないものと解しうる余地があるのでこの点について判断する。

《証拠》によれば、訴外株式会社の株主は、訴外有限会社の出資者と同一ではなかつたこと、訴外有限会社では大友が、営業面一切を担当し、経営に当つていたのに対し、訴外株式会社では小林が経営上の実権を掌握していたこと、訴外株式会社に株主として出資し、又は融資した者らは、訴外株式会社が訴外有限会社とは別個独立の会社であることを前提としてその設立に協力していたことが認められ、これらの事実によれば、訴外株式会社は実質的にも訴外有限会社とは別個独立の会社であることが明らかであるから、被告の右主張は理由がない。

そうすると、小林が、訴外株式会社を代表して被告と前記質権設定契約(以下、本件質権設定契約という。)を締結することは、同条所定の取引に該当し、訴外株式会社取締役会の承認を必要とするものといわなければならない。

(二)  しかるに、証人小林日吉の証言によると、本件質権設定契約の締結につき、訴外株式会社取締役会の承認を受けた事実はないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(三)  原告は、本件質権設定契約の対象となつた本件預金債権につき、差押、転付命令を得た転付債権者であるから、訴外株式会社が被告に対して本件質権設定契約が商法二六五条に違反し無効である旨を主張できる場合には、自らも右無効を主張しうるものと解すべきである。

(四)  ところで、同条に違反する取引のうち、取締役が会社を代表して自己のためにした会社以外の第三者との間の取引については、会社は、取締役会の承認を受けていなかつたことにつき第三者に悪意があり、またはこれを知らなかつたことに重過失があるときにかぎり、その無効を主張することができるものと解するのが相当である。

そこで、次に、本件質権設定契約の締結について訴外株式会社取締役会の承認を受けていないことにつき被告に悪意又は重過失があつたか否かについて判断する。

《証拠》によると、本件質権設定契約締結について被告を代理した久根口正己、丸山敏夫ら担当者は、右契約締結当時、訴外株式会社には、小林のほか五名の取締役が存在していること、小林が個人として、昭和四七年五月一二日、被告に対し、前記根抵当権を設定していたことをいずれも知悉していたのに、本件質権設定契約の締結は、商法二六五条所定の取引に該当しないとの判断のもとに、訴外株式会社の取締役会の承認を求めることも、右承認の存否を確認することもなく、本件質権設定契約を締結したことが認められる。

右事実に被告が銀行であることおよび前記三で認定した訴外株式会社設立の経緯、本件質権設定契約時の状況等をも合わせ考えると、被告は、本件質権設定契約締結につき訴外株式会社取締役会の承認を得ていないことを知つていたか、又は、容易に知りえた筈であつたのに、重大な過失により知らなかつたものと推認することができ、右推認を覆すに足りる証拠はない。

(五)  してみると、原告は被告に対し、本件質権設定契約が無効であることを主張しうるものといわなければならない。

五  以上の次第で、前記被転付債権である本件預金元本金五〇〇万円と、これに対する前記債権差押、転付命令が被告に送達されてその効力を生じた日以後である昭和四八年五月一日から支払ずみまで前記約定の年五分二厘五毛の割合による利息の支払を求める原告の本訴請求は、理由があるからこれを認容

(裁判長裁判官 山本矩夫 裁判官 飯田敏彦 大橋寛明)

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